2008年12月10日更新
何の役にも立たないのか??
私たちは合理性を追求した社会に暮らしています。
目的意識を持って無駄なく進むこと!
速く高みに到達すること!・・・・などなど。
合理性に適わないものはどんどん捨てられていきます。
少なくとも社会人になると、そういうことが上手な人は
「できる人」と認められます。
私自身も会社員時代があったので、
知らず知らずに、そういう社会の常識感覚にとらわれています。
なので、こんな仕事をしていながらも、
作家のしていることについて「何のために?」と
つい疑問を抱いてしまうことがあります。
公募展に出すためでもなく、個展を開くためでもなく、
売ってお金にするためでもないものを制作するのに、
資金を投じ、寝食を忘れて没頭している。
こちらは商売ですから、売れそうな作品を効率よく制作して
なるべく安く市場に出し、効果的なプロモーションを・・・
などと合理的に考えたりして、作家にしらーっとされるわけです。
まったくもってアートの世界では合理性を考えることは
2のつぎ3のつぎ。自分が作りたいから作る。
合理性の追求において優秀な社会のエリートさんたちは、
そんな現場を見たらきっと、「理解できない」と目を伏せるのみかな。
でも、この理屈をそのまま子供の教育に持ち込んだら・・・と思うと
少し怖くなったりもします。
子供に、合理的に遊ぶことなんて、望めませんものね。
たまには、無駄なことに没頭して頭を休めよう、
というかラクになりたいと思うことがあります。
子供の工作教室で講師をしている作家さんにお話を伺うと、
お子さんより、付き添いのお母さんの方が没頭しちゃって
楽しんでいかれるそうです。
普段の生活で無駄なことってしなくなっていますもんね。
紅葉の季節ですから、つい手に取りたくなるようなキレイな落ち葉を見つけたら、
何を作るでもなく、その形や色の斑や虫食いの穴の形状なんかを
楽しみつつ、切ったり貼ったりしてみませんか。
作ったものは何にもなりません。役にも立たないし、
たぶんすぐ捨ててしまうのでしょうけれど、何かしてみると思わず
「あ、たのしい」という発見があるかもしれません。
写真キャプション
ギャラリーの向かいにある青山墓地より採取した超都会っ子の落ち葉たち。適当にチョキチョキして遊ぶ。そう、何の役にも立ちません。でも桜の葉とか山盛りになっているといい香り!
キャンドルホルダーに巻いてみましたが、実際のキャンドルを使うと燃えちゃいますから松ぼっくりをトッピング。
みおりちゃん(スタッフ)作。ただのお面ですが画廊内ではだれも怖がったり驚いたりはしません。