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closetの引き出し -7段目- 

 こんにちは。スタッフの荻野です。

 前回は、パナソニック汐留ミュージアムで開催されていた、ピエール・シャロー展について書かせていただきました。シャローのガラスの家の装飾に使われていた、ジャン・リュルサのタピスリーを覚えていらっしゃるでしょうか?
(覚えていない方、初めて読む方はこちらから)

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 今回は、このタピスリーを入口に、13世紀まで時代を遡っていきたいと思います(注1)。


 さて、ジャン・リュルサは、1892年フランス生まれ。元々はキュビズムやシュルレアリスムの影響を受け、絵画や版画を制作していた画家でしたが、後にタピスリーの制作に力を入れるようになります。フランスのアンジェという街には、ジャック・リュルサ現代タピスリー美術館という美術館があり、ジャック・リュルサの作った「世界の歌(Chant du Monde)」という大きな連作タピスリーが展示されています(注2)。

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 この「世界の歌」のタピスリーは、リュルサが、アンジェ城にある「黙示録のタピスリー」に感銘を受けて作ったものです。「黙示録のタピスリー」は、7場面が上下二段に展開される14場面からなるセット、計6組から構成され、それぞれの高さが5~6m、全体の長さが140mにも及ぶ長大な作品で(84の場面のうち77場面ほどが現存)、1373年から10年ほどの歳月をかけて織られたものだといわれています。まさに「中世美術の傑作の一つ!」といっても過言ではありません。制作を命じたアンジュー公ルイ1世(1339-1384)は、フランス王シャルル5世の弟にあたり、建築や芸術に熱心だったそう。そして弟の立場を利用して(…かどうかは知りませんが)、シャルル5世御付のジャン・ボンドルという画家(エンヌカン・ド・ブルージュとも呼ばれる画家)に、この黙示録のタピスリーの下絵を描かせています。

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(左はシャルル5世を描いた挿絵。この挿絵もジャン・ボンドルによるもの。1372年頃の作品。所蔵はMusée Meermanno - maison du livre, La Haye, Pays-Bas。右は黙示録のタピスリー)


 では、このジャン・ボンドルさんは、下絵を一から制作したかというと、ちゃんとお手本がありました。彼は、現在フランス国立図書館が所蔵する、『パリ黙示録』(MS fr.403)という、挿絵入りの写本を参考にしたのではないかと考えられています。


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(左は『パリ黙示録』f33、右は黙示録のタピスリー。黙示録の同じ場面を表していて図像もよく似ている) 


 13世紀の中葉には、数多くの挿絵入り「ヨハネ黙示録」写本がイギリスやフランス北部で制作されており、『パリ黙示録』もその一つです。ヨハネ黙示録というのは、日本では馴染みが薄いかもしれませんが、キリスト教の聖書の一部で、簡単にいうと、預言者のヨハネという人物が、幻視によって観るこの世の終わりの物語が書かれています。この世の終わり、というと…何だか、「カルト趣味?」「禍々しい、おどろおどろしい感じ」というイメージを持たれるかもしれません。しかし、想像上の獣や大地の崩壊といった情景が描かれていて、美術的イメージの宝庫だと、私は思っています。
 それに、ヨハネという人物の表情が非常に豊か。キリスト教の聖人の一人に違いはないのですが(細かくは諸説ありますが)、挿絵で観る限りは、気の弱い純粋な青年に見えます。『パリ黙示録』と同じ時代に作られた『トリニティ黙示録』では特にその表情の表現が秀逸で、ヨハネが、世界の終末の様相と読者がいる現実の世界を結んでくれる存在としての役割を果たしています。

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(トリニティ黙示録f10v, f4vより。左図に何度か表現される老人は天使に本を食べさせられ、お腹をこわすヨハネ。右図の左端に立っているヨハネは賛美歌を歌う長老たちを興味津々で眺めている。同じヨハネですが年齢不詳なのには触れないでおきましょう…。)


 ルネサンス以前の西洋美術は、観る機会も少なく、馴染みが薄いものだと思います。ここでご紹介した写本は、なかなか国外に出て展示されることはありませんが、昨年は、フランス国立クリュニー中世美術館に所蔵されている貴婦人と一角獣のタピスリーが、国立新美術館(その後国立国際美術館に巡回)で展示されて話題を呼びました。美術を観ている1時間くらいの間であれば、国境や歴史を超えることもそれほど難しくないかもしれない…私にとってはそんなことを思わせてくれた貴重な時間でした。

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(『トリニティ黙示録』MS R.16.2の所蔵されているTrinity Collegeのある、イギリス・ケンブリッジの町並み)


注1:「タピスリー」とはつづれ織りの壁掛けをいう意味とともに、日本では布の壁掛けの総称として用いられています。英語読みの「タペストリー(tapestry)」という表記の方が一般的かと思います。でも、今回は主にフランスのお話になるので、「タピスリー(tapisserie)」というフランス語に基づいた表記に統一させていただきます。
注2:このタピスリー、実は1958年にブリヂストン美術館、1998-1999年には広島、群馬で展示されているみたいなので、ひょっとしたらご覧になった方もいるかもしれません。残念ながら私はないのですが、また日本に来る機会はないものでしょうか…(できればアンジェに行ってしまいたいですが!)。

('14 10/24)